野次馬ちゃんねる

時事ネタや気になるニュースまとめ

    おっさんホイホイ

    1: 47の素敵な(玉音放送 typeR) (2段) 2019/04/27(土) 21:51:52.24
    トラネキサム酸配合

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    【意味が分かんないけどカッコイイ言葉 】の続きを読む

    1: 名無しさん@涙目です。(神奈川県) [CN] 2019/05/01(水) 20:50:25.68 ID:4TvKMkYM0 
    昭和のサービスエリア飯は不味かった? 時代に合わせて進化したSA/PA事情とは

    ■かつてのSA・PAのレストランはおいしくなかった

     高速道路を利用するときの楽しみといえば、サービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)の美味しい料理やお土産でしょう。近頃では「SAやPAの料理がおいしくなった」という声も聞かれるようになりました。

    あおり運転はどんな状況で起こり得る? あおりの標的にならないための運転術とは

     しかし、その発言をよくよく吟味すると、別の意味が含まれています。それは「昔は美味しくなかったけど…」という意味です。

     とくに昭和の時代のSAやPAを知っている人は、そのイメージが強いはずです。
    そして、サービスエリア飯はおいしくなかったというイメージには、それなりの理由がありました。

     日本で高速道路が初めて開通したのは1963年(昭和38年)7月のこと。最初の高速道路は名神高速道路で、栗東ICと尼崎IC間に開通しました。

     第一号のSAは大津SAの給油所で、高速道路開通の2か月後の9月に完成しました。レストランと修理所は、翌10月にできあがります。
    当時の日本は、まだまだクルマの性能が低く、高速道路を走るとしょっちゅう故障したため、修理所が必要だったのです。

    (以下ソース元で)

    https://carview.yahoo.co.jp/news/market/20190429-10405735-carview/
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    【昭和のサービスエリア飯は不味かったよな (´・ω・`) 】の続きを読む

    1: 風吹けば名無し 2019/04/25(木) 07:25:30.23 ID:L2dSHxy70
    身が震えるわ
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    【福知山線脱線事故とかいう、平成史上最悪の鉄道事故 】の続きを読む

    1: 名無しさん@涙目です。(北海道) [EU] 2019/02/25(月) 15:10:19.22 ID:xzWdlXBZ0
    「炭鉱のまち釧路」から、ついに家庭用の石炭が姿を消すことになった。釧路コールマイン(釧路炭鉱)が生産する石炭がこれまでの50万㌧体制から30万㌧体制へ減産し、しかも、現在釧路市興津に建設中の釧路火力発電所で使う粉炭として出炭されることから、家庭の暖房用石炭に回らなくなったのだ。

    1949年創業以来、石炭の卸しと小売りを行っている釧路市南大通5の2、釧路石炭販売(伊木繁樹社長)は顧客に3月末を持って、石炭の販売を終了する旨を通知した。

    (続きはソース元で)
    http://www.hokkaido-nl.jp/article/10451
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    【石炭ストーブが絶滅 】の続きを読む

    1: 名無しさん@涙目です。(北海道) [ヌコ] 2019/02/23(土) 16:44:16.15 ID:wlPgqSWw0
    ゲームセンターにいる御馴染みの“ワニ”が絶滅の危機に瀕している。
    保護するにも手段が乏しく、近い将来、地球上から消滅してしまう可能性もあるという。

    そのワニとは、昭和世代には懐かしい業務用ゲーム機「ワニワニパニック」。穴から出てくるワニをハンマーで叩いて撃退するゲームで、1989年に誕生し、販売は旧ナムコ(2005年にバンダイと経営統合)が手掛けていた。ロングセラーなので平成生まれも一度は見たことがあるだろう。

    都内のゲームセンターの店主によると、今でもゲーム機の中ではまずまずの売り上げで、子どもだけでなく、酔っ払った大人が懐かしんだり、外国人が楽しんだりしているそうだ。

    それが“絶滅危惧種”となりつつあるのは、製造元のアミューズメント機器製造会社KHP(旧ホープ)が2017年、特別精算により倒産したからだ。東京商工リサーチの原田三寛氏はこう説明する。

    「ホープが潰れたのはワニワニパニックの不振というより、日本のアミューズメント市場全般的な問題で、 ゲームセンターの縮小、アミューズメント産業の衰退が大きい。
     缶ジュースですら、100円から130円などに値段が上がっているのに、昔からゲームセンターは100円のままですから」

    製造元の倒産で新品の供給は不可能となってしまったが、修理すれば延命できそうなものだ。だが、それも厳しくなってきているという。

    (中略)

    ゲームセンターからの依頼でワニワニパニックの修理をする企業の男性はこう明かす。

    「部品の開発費用と売り上げの採算が合わないので、修理用の部品を新しく作って供給するのは難しくなってきている。 バネやゴムなど細かな部品をつくることはありますが、ワニやゲーム機本体などの主要部品や特殊な部品は、メーカーの製造が終わっているのでなかなか手に入らず、修理を請け負うことも難しくなってきています」

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190220-00000080-sasahi-ind
    Waniwanipanic

    【ワニワニパニックが絶滅寸前、メーカー倒産で修理部品の奪い合いに 】の続きを読む

    1: 名無し募集中。。。 2019/01/04(金) 18:14:13.14 0
    難しい

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    【「ドラクエの魔王は何で勇者がレベル低いうちに攻めて来ないんですかぁ~?」→なんて答える? 】の続きを読む

    2: 47の素敵な(茸) (スプッッ Sd1f-jidR) 2018/11/22(木) 07:05:02.92 ID:QMd/X9I1d
    心は若い

    【おっさんになって解った事 】の続きを読む

    1: 名無しさん@涙目です。(秋田県) [CN] 2018/10/10(水) 18:51:11.39 ID:Ku8Hl3kT0
    佐々淳行氏が死去=初代内閣安全保障室長-あさま山荘事件など指揮
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2018101000810&g=obt
    cup_noodle

    【あさま山荘事件で一番注目を浴びたのはテロリストらではなくてカップヌードルだったな 】の続きを読む

    1: 名無しさん@涙目です。(秋田県) [CN] 2018/10/07(日) 21:19:30.20 ID:5bFSh9Nw0 
    佐川満男「脊柱管狭窄症」で1月に手術 現在も「ボルト8本入っている」
    https://www.daily.co.jp/gossip/2018/10/07/0011711715.shtml
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    【【健康】ぎっくり腰になると一週間身動き取れなくなるから腰に注意している。 】の続きを読む

    1: 名無しさん@涙目です。(東日本) [US] 2018/10/04(木) 13:55:56.05 ID:pYCt2wH+0 
    1. メールをセンター問い合わせ
    メールの返事が遅いと何度もメールセンターに「新着メールの問い合わせ」をしていたものです。

    2. メールの件名に「Re:」が増えていく
    やり取りが続くほど「Re: Re: Re: Re: Re: Re:」と「Re:」が増え、仲の良い人とのやり取りは件名がカオス状態になったものです。

    3. ガラケーをデコる、電池パックの裏にプリクラ
    ガラケーの外側に直接シールやスワロフスキーなどを貼り付け、オリジナルでデコレーションするのが女子の間で大流行。

    4. 着メロへのこだわり
    携帯電話が普及し始めた頃は着メロを自作するのが当たり前でした。手打ちで楽譜を入力していくようなイメージで、
    自作着メロのための本も出ていたくらいです。

    5. 赤外線でのアドレス交換
    メールアドレスを交換する時は赤外線機能を使っていました。本体についている赤外線通信の装置を近づけ合い、データの送受信を行うのです。

    6. パカパカが折れる
    ガラケーといえばパカパカと呼ばれる折りたたみタイプのイメージが強い人も多いでしょう。親指でパカっと開いたり閉じたりを繰り返すクセがあった人もいたはず。
    たまに開いたままのガラケーを踏みつけてしまったり、恋人とケンカしてガラケーを逆方向に折られてしまったりする人がいました。

    7. 頻繁にメアドを変える人がいた

    8. アンテナを伸ばして振る
    初期のガラケーにはアンテナがあり、電波が悪い時にはアンテナを立てて振って電波を探していました。

    9. チェーンメールが回ってくる
    ガラケー時代は頻繁にチェーンメールが送られてきました。「このメールを見たら不幸になります」という不幸の手紙のようなものも多かったですが、
    特に流行ったのは当時の人気テレビ番組『学校へ行こう!』の企画を謳って転送を煽る内容のもの。

    10. 知らない人とメル友になれた
    昨今では婚活サイトや婚活アプリなどを使って出会ったことのない異性とのメッセージのやり取りをする人が多いですが、ガラケー時代は適当なメールアドレスや電話番号にメールを送り、そのままメール交換を楽しむメル友の関係になることが行われていました。

    (続きはソース元でご確認ください)

    http://news.livedoor.com/article/detail/15391625/
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