1: 名無しさん@涙目です。(神奈川県) [CN] 2019/05/01(水) 20:50:25.68 ID:4TvKMkYM0 
昭和のサービスエリア飯は不味かった? 時代に合わせて進化したSA/PA事情とは

■かつてのSA・PAのレストランはおいしくなかった

 高速道路を利用するときの楽しみといえば、サービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)の美味しい料理やお土産でしょう。近頃では「SAやPAの料理がおいしくなった」という声も聞かれるようになりました。

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 しかし、その発言をよくよく吟味すると、別の意味が含まれています。それは「昔は美味しくなかったけど…」という意味です。

 とくに昭和の時代のSAやPAを知っている人は、そのイメージが強いはずです。
そして、サービスエリア飯はおいしくなかったというイメージには、それなりの理由がありました。

 日本で高速道路が初めて開通したのは1963年(昭和38年)7月のこと。最初の高速道路は名神高速道路で、栗東ICと尼崎IC間に開通しました。

 第一号のSAは大津SAの給油所で、高速道路開通の2か月後の9月に完成しました。レストランと修理所は、翌10月にできあがります。
当時の日本は、まだまだクルマの性能が低く、高速道路を走るとしょっちゅう故障したため、修理所が必要だったのです。

(以下ソース元で)

https://carview.yahoo.co.jp/news/market/20190429-10405735-carview/
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